たくさんの人と出会い、そしてたくさん勉強してほしい
2023.04.04
大学の中と外で、いまおきているあれこれを紹介する「上智のいまを発見」。今回は、第2回きのくに学生ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞を受賞した『Life is Journey』の監督、新聞学科3年の松尾凪倖さんにご寄稿いただきました。
日に日に寒さが増して本格的な秋の到来を感じる11月のはじめ。1年前の今頃、私は週末に高野山と東京を往復する日々を送っていた。夏休みに2週間ほど滞在した高野山を舞台にドキュメンタリーを制作するためだ。
私は新聞学科3年の学生で、水島宏明ゼミに所属しドキュメンタリー制作に力を注いできた。2年次より毎学期1作品以上を制作し、その記録をまとめたルポを提出するというのが水島ゼミの方針だ。2年の春にはぬいぐるみを愛でる友人を、夏には大阪府西成の子どもセンターをゼミのメンバー複数人で取材した。秋学期から始まる個人制作に向けて私がテーマに選んだのは、和歌山県が誇る世界遺産・高野山における地域と人々の営みだった。
ドキュメンタリー制作は通常、①企画、②取材交渉・取材、③構成・編集の段階で進める。個人制作ではこの全ての段階を一人で行う。10~11月にかけて土日に3~4回ほど高野山へ足を運び、12月~翌年1月にかけて編集を行った。初めて挑んだ単独での映像制作。企画から撮影、取材、編集と全てが一人という大変さもあったが、各工程で自分の創意工夫を込められることが嬉しく夢中になった。受賞を果たした今、取材のきっかけや当時の心境を改めて書き起こしてみようと思う。
そもそも高野山を訪れたのは、夏休みに高野山の宿坊やカフェで勤務する短期アルバイトに応募したのがきっかけだ。日中は接客や清掃などの業務に従事し、退勤後や休日を利用して観光を楽しむ。真言密教の聖地として知られる山内は寺院が建ち並び、古き良き日本を思わせる神聖な空気に包まれている。神社仏閣巡りが好きな私にとって、最高の住環境だった。最も驚いたのは、インバウンド観光客の多さだ。私が滞在した時は特に観光客が多いシーズンだったこともあり、観光名所や修行体験では日本人の方が少ないということも珍しくなかった。しかも、そのほとんどは欧米系だ。高野山へは京都や大阪からバスや電車を乗り継いで2~3時間はかかる。世界遺産とはいえ、真言密教の聖地という特殊性も相まって、修行僧や信者の方ばかりが集うというイメージがあっただけに、高野山が想像以上にグローバル化している実態に衝撃を受けた。
かねてより、地方創生や観光課題に関心があった私は、「高野山の宗教都市としての文化的価値と持続可能性」をテーマにドキュメンタリーを企画した。この段階では、情報を集め、企画書を作成する。仮定に基づき、ドキュメンタリー作品の概要や構成案を考え、具体的な取材先や撮影場所をリストアップする。手探りの状態で作品の骨格をイメージするのは簡単ではない。企画内容は映像作品として成立するのか、取材を断られたらどうするか、教員との問答を繰り返しながら複数の選択肢を視野に企画を詰めていった。
私が取材に当たったのは3人。最初の訪問でお世話になった高野山のまちづくり企業と、偶然出会った移住者の男性、そしてその紹介で繋がった寺院の住職だ。メールや電話で取材の概要を伝え、撮影の可否を交渉する。最も緊張した瞬間だったが、幸い全員から快諾の返答をいただき取材できる運びとなった。ドキュメンタリー制作では、質疑応答のような取材だけでなく、カメラをじっと構えてインサート素材を取ったり、取材対象に密着したりする場合もある。言葉のみの記録に留まらず、最終的な作品の構想を念頭に置きながら「映像として分かりやすく伝えるには」という意識で周りに目を配る。例えば、インバウンド観光客や遍路客が行き交う様子や高野山でつかれる鐘の音、四季折々の様子を見せる山内の美しい自然など、時間帯やカメラの画角を調整しながら様々な映像を撮影する。企画の段階で想定していた画を取れないこともしばしばだが、取材と観光を兼ねて高野山の各所を巡るのは楽しかった。
取材を終えると作品として組み立てる段階に入る。インタビュー映像は合計3時間、密着映像も2時間程度とボリュームのある素材となった。これらをもとに取材の内容と合わせて起承転結を練り直し、ナレーションや映像を当てていく。ひとつの映像素材の中でどの部分を何秒間切り抜くか、映像と映像の繋ぎ方に違和感はないか、冒頭部分は魅力的な掴みになっているか、全体的に一貫性があるか。視覚と聴覚を研ぎ澄ませ、木と森を観る感覚で丁寧に修正を重ねていく。編集は上智大学2号館の地下にあるテレビセンターで行う。テレビセンターには、撮影用のスタジオが併設されており、ナレーションを撮影する部屋や編集ソフトを利用できる編集機も完備されている。撮影と編集を含む制作期間は3カ月ほど。撮影しては編集の作業を繰り返し、時には一日中編集室に籠っていることもあった。
当初の企画は「地域と観光」という堅いテーマだったが、最終的には高野山でご縁を繋ぎながらマルチに活動を展開する移住者の男性の生き方に焦点を当てた作品「Life is Journey」を完成させた。この作品は、第2回きのくに学生ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞(藤田貴久賞)を受賞したほか、あいち国際女性映画祭2024フィルム・コンペティションで上映作品としてノミネートされた。
完成したドキュメンタリー作品は15分程度と短いが、その背景には数時間単位の膨大な取材や映像素材がある。すべてが自分の裁量に任されていることにプレッシャーを感じつつも、構成や細かい表現にこだわって自分が納得する作品を追及したことが評価につながったのだと自信を持つことができた。また、ゼミでは映像表現だけでなく、文字媒体でのアウトプットも重視されている。受賞後は映像作品の中に盛り込むことができなかった貴重な取材の内容や自身の知見をルポとして発表した。
🔗ルポ:1200年のその先に ~大学生・移住者・寺院関係者・まちづくり企業の視点からみる高野山~【取材体験記】
https://newspicks.com/news-in-app/10678712/
高野山の制作を終えた後もドキュメンタリー制作は続けている。3年春学期には長崎県の石木ダム建設反対運動をテーマに制作し、現在は都内の発達障害支援事業を取材している。当初はゼミの課題として取り組んだドキュメンタリー制作だったが、今では私自身の大学生活の大きな軸となっている。自分の「知りたい」という一方的な好奇心を満たすだけでなく、取材相手の「伝えたい」という思いを引き出して形に残す。ドキュメンタリー制作では、ストレートに相手の声を拾うだけでなく、編集者である自分の視点に落とし込んで映像・音楽と総合的な演出を加えることが求められる。現場で目にした「現実」をリアルに再現し、その上でいかに臨場感を持って目の前の受け手に伝えられるかと試行錯誤を繰り返す。普段は文字媒体での発信が多い私にとって、「伝える」ことの難しさと達成感を味わう貴重な経験となった。
輝かしい受賞に至るまでに、いろいろに想いをめぐらして計画し、出会いを大事に軌道修正しながら丁寧に取り組んでこられた様子がよく伝わってきました。私たちも頭で考えるだけでなく、動くことで鮮明になっていくことを大事にしたいですね。次々と新たなテーマに挑戦される情熱と行動力も素晴らしく、今後の作品発表がますます楽しみです!
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それでは次回の発見もお楽しみに。
2023.04.04