10号館前に突如として出現した白い像。
ブルーシートがかかって正体がまだ謎であるとき、あなたは何だと思っていましたか?
私は自由の女神だと思っていました。
右手を挙げてたたずんでいる姿は、どう見てもそのようにしか見えなかったのです。
長らくブルーシートでぐるぐる巻きにされ、ブルーマン状態だったサムシングがついに姿を現したのは、11月1日。われらが上智大学の創立記念日でした。
そう、彼の名は誰もが知っているザビエル!
小学生が教科書の写真に落書きしがちな聖フランシスコ・ザビエルです。
ザビエル像にまつわるクイズを早速出題しようと思います。
「ザビエル像はどのようにして上智大学10号館前に降り立ったでしょうか?」
下の3つの選択肢から選んでみてください。
①フランシスコ教皇が、来校記念としてバチカンから特殊な能力によって移動させてきた。
②来日してから470年たったことをザビエル自身が思い出し、自らの意思によってあの場所に像を作った。
③西多摩からトラックで運ばれてきた。
どれも本当っぽい(……?)という声が聞こえてきますが答えはちゃんとありますので、考えて、あなたの答えを出してから読み進めてください。
正解は……
③西多摩からトラックで運ばれてきた
でございます。
夢がないですね。
嘘だと思ったあなた、ちゃんと証拠写真がありますよ。
ほら!トラックに横になって運ばれている。
(いやまぁそもそもほかの選択肢にはいろいろ無理がありますけれども……)
そしてこのように吊り下げられて設置されたのです。
なんとも衝撃の裏側感がありますね。
先ほど、西多摩から運ばれてきたと書きました。でも、そこで「作られた」わけではないのです。入院していたのです。しかも1.5か月に及ぶ入院!!相当な重症であったことが想像できます。(念のため書いておきますが、入院先は「ブロンズスタジオ」という修復作業等を行っているアトリエです。像は医療措置を受けることはできないぞう。)
長年、学生を見守りながら、風雨にさらされ続けてきたザビエル像。
彼の体はそんな苦労から、汚れで黒ずんでしまっていました。
それが、特殊な洗剤を使わずに、水で洗浄しただけで新品並みの美しさに戻ったのです!感動!
実はこの像、今回新しく作られたのではなく、以前からあったものなのですが、では、そもそも以前はどこにあったのでしょうか?
またまた3択のクイズ形式で行きたいと思いましたが、選択肢を考えるユーモアセンスがもう尽きてしまいました。
申し訳ないのですが、ご自身で答えを考えてから、次にお進みください。ちなみに私は「イグナチオ教会」という予想を立てました。(蛇足ですが、「イグナチオ教会」と変換しようとしたら、「意具名知夫境界」と出てきました。まったく最近のパソコンは人間のユーモアセンスさえも凌駕しつつあるようですね。さすがです。)
正解は上智大学市谷キャンパス!
市谷キャンパスは、かつて「東京カトリック神学院哲学部」という、神父様になるための学校があった場所です。
この神学院時代からザビエル像は存在していたことが確認されているので、御年60歳は超えているということが分かります。
しかし残念ながら、誰がいつ、なんのためになどといった詳細な情報は残っていないのだそうです。
謎に満ちた感じで、神秘感が増しますね。
その内ザビエル像に関する七不思議が創り出されそうです。
市谷キャンパスってそんな歴史のある場所だとは知らなかった……!行ってみようと思いましたが、時すでに遅し。なんと今年の9月に廃止されてしまっていたのです。
廃止に伴い、市谷キャンパスに一人残しておくのはかわいそうということで、四谷キャンパスに引っ越してきたというのが、今回のザビエル像出現の背景でございます。
フランシスコ教皇の特殊な能力でも、ザビエルの霊的な仕業でもないのです。
ザビエル像は、今回、長期入院に加え、市谷→西多摩→四谷という長距離の引っ越し・移動をしました。しかし像は医療保険にはいれないし、引っ越しプランも組むことが出来ません。さぁ困りました。
そんなとき、なんと、上智大学ソフィア会(同窓会)が「ザビエル像さん、私たちが資金協力しますよ」と手を差し伸べてくださりました。ありがたい!!
このおかげで、ザビエル像は無事に退院し、引っ越しを完了させることができたのです。
私たち在校生も、貧しい人や私たちの助けを必要としている人たちに手を差しのべることのできる大人になりたいですね。
私事になりますが、11月25日(月)に東京ドームで行われた教皇ミサにボランティアとして参加してきました。
ミサに参加するのは初めてでした。何もないところから、人間の一人ひとりの信仰心があんなにも大きな意味を持つものを創り上げることが出来るのだと感動したのを覚えています。
また、特に印象的だったのが、仏教のお坊さんご一行様が参列していたこと。
カトリック教会がいかに多様性(他宗教)に対して寛容であるかを体現していることだなと思いました。
私たちはキャンパス内で多様性に対する寛容さを感じることが出来ます。
例えば、カトリック大学でありながらハラルカフェや祈りの部屋が学内に存在すること。
カトリック・イエズス会センターではいつでも、カトリック教会、宗教や聖書に対する興味関心に応じられるサポートが整っていること、そしてそれを強制しないこと。
環境だけでなく、勉学の面でもそれは表れているかもしれません。第二外国語として選択できる言語が22言語もあるのもその一つではないでしょうか。
上智大学がカトリック大学であることは誰もが知っていること。
しかし、カトリック大学に属する自分の存在を考える機会は少ないと思います。
それは、必ずしも信仰の有無、カトリックに対して考えを持つということに限りません。
上智大学設立のきっかけをつくったザビエルが、日本の都に大学を創ることに対してどのような想いをもっていたのか、10号館の前を通るとき、ザビエル像に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
最後に、ザビエル像にまつわる様々なことを教えてくださりました、カトリック・イエズス会センターの宮井さん、総務局広報グループの大塚さんに、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。